第18回堺原爆展を開催

第18回堺原爆展は、7月25・26日、堺市総合福祉会館で開かれました。
酷暑の中、来場者は220人余でした。両日とも午後のイベントは満席に近い盛況でした。
核大国が軍拡にかじを切らんばかりの世界の趨勢のなか、あらためて核兵器と人類は共存できないこと、核戦争に勝者はいないことを訴えました。

プレ展示

原爆展に先立ち、7月4日から9日まで、堺市役所1階ロビーでプレ展示、また7月6日から10日まで美原区役所でもプレ展示を行い、市民に平和をアピールしました。

被爆体験談

7月25日は午後、お2人に登壇してもらいました。長崎の被爆者の交流証言者である小川湧水(ゆうみ)さんには、長崎医科大学にて6歳で被爆した池田道明さんの体験談を話してもらいました。池田さんは長崎医科大学(爆心地から約0.5㎞)にて被爆し、仲良しだった「シゲちゃん」と生き別れになってしまったことを一生後悔しているとのことです。

2人目は本会の語り部である藤野守さんでした。藤野さんは17歳の時、広島の軍需工場に学徒動員され、夜勤明けに宿舎(爆心地から3㎞以内)で被爆。建物の下敷きになりましたが、脱出し、惨状を目の当たりにしました。中でも死んだ母親の腕の中で乳房を探す乳飲み子の姿を涙ながらに語られました。藤野さんの体験談は26日朝のNHKニュースで報道されました。

模擬原爆犠牲者追悼式

7月26日は、81年前に大阪市東住吉区田辺に模擬原爆(原爆の投下訓練用の大型爆弾)が投下された日でした。
堺原爆展ではその日午前、現地で行われた犠牲者追悼式にオンライン接続して会場に放映するとともに、こちらからもメッセージを送りました。

次世代座談会

近未来には被爆者が絶えてしまうことが避けられないいま、原爆の恐ろしさと核兵器廃絶の願いを次世代に継承することが大きな課題となっています。26日午後、この視点から30代、40代の心ある方々による公開の座談会を行いました。出席者は以下のとおりです。

安藤智恵(ちえ)さん(会社員、被爆二世)、小川湧水(ゆうみ)さん(長崎原爆交流証言者、堺市次世代の語り部、2日連続で登壇)、坂根一史(かずし)さん(行政書士)、杉谷昂律(たかのり)さん(児童心理カウンセラー、心療カフェ「カシェット」オーナー)、滝野天司(てんじ)さん(中学校英語教師)、山本佳世(かよ)さん(司会、語学教師、被爆二世)。

座談会では、①被爆二世、②非核三原則、③核兵器禁止条約等のテーマをめぐって様々な意見が交わされました。被爆二世の使命や二世独自の課題をめぐる議論ののち、最近の非核三原則の「見直し」に対して三原則の法制化を求める意見、核禁条約に加盟すべき、などの意見が寄せられ、近年「原爆投下は正当だった」という見方が激減しているアメリカの世論も紹介されました。

最後に、平和を願う中学生の特選作文2本が朗読されました。

展示

展示も盛りだくさんでした。被爆者が描いた絵画や広島の基町高校の生徒さんが描いた絵画が多数並び、堺市平和と人権資料館所蔵の溶けたガラスやタイル、レンガなどの被爆実物、広島と長崎に投下された原爆の1/2模型、模擬原爆のポスターに加えて、平和を願うひと言メッセージをみんなで貼り付けた「平和の木」などなど。

堺の被爆二世実態調査の結果も展示しました。最後に、その回答票から衝撃的な一文を紹介します。「子どもを産む選択ができませんでした。
背負わせてしまう未知の状態。
喜びではなく不安や痛みを受け継いで、とは私にはできません。子どもを産み、共に生きる未来がほしかったです。」(50 代女性)